テレビやゲームをやめさせても勉強時間は2分程度しか増加しない

「学力」の経済学

「学力」の経済学

  • 作者:中室 牧子
  • 発売日: 2015/06/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

1時間テレビやゲームをやめさせたとしても、男子については最大1.86分、女子については最大2.70分、学習時間が増加するにすぎないことが明らかになりました。(pp.56)

この研究は中室らの下記の論文が元論文である。

www.rieti.go.jp

テレビやゲームの時間を制限しても、子どもは自動的に机に向かって勉強するようにはなりません。子どもが勉強に取り組む姿勢が変わらないのに、テレビやゲームの時聞を制限したら、たぶんそれに類似する他のことスマホでチャットをする、あるいはインターネットで動画を観るなどに時間を費やすだけです。
少なくとも、子どもを勉強させるためにテレビやゲームの時間を制限するのは、あまり有効な方法とはいえないのです。(pp.56)

勉強をする気がない子どものゲームをやめさせても効果がないようだ。
ゲームばかりして勉強しないのでゲームをやめさせればよいように見えても、勉強しない原因はゲームではないということである。

ただし、これは「テレビやゲームを無制限に観せても問題ない」ことを意味しているのではありません。私たちの研究では、テレビ視聴やゲーム使用の時間が長くなりすぎると、子どもの発達や学習への悪影響が飛躍的に大きくなることが示されています。 それでは、どれくらいのテレビ視聴やゲーム使用だったら無害なのでしょうか。私たちの推計によると、1日に1時間程度のテレビ視聴やゲーム使用が子どもの発達に与える影響は、まったくテレビを観ない・ゲームをしないのと変わらないことが示されています。 一方、1日2時間を超えると、子どもの発達や学習時間への負の影響が飛躍的に大きくなることも明らかになっています。 子どもが、1日1時間程度、テレビを観たりゲームをしたりすることで息抜きをすることに罪悪感を持つ必要はありません。 「テレビやゲームは有害だ」というのは、その昔「ロックンロールを聞くと不良になる」といわれたのと同様、単に人々の直感的な思い込みを強く反映した時代遅れのドグマにすぎないのです。(pp.57)

発達や学習への悪影響に書かれた論文は下記のもののようだ。

onlinelibrary.wiley.com

元論文をまだ読んでいないので、わからないところは多いが、ゲームをやめても勉強時間が増加しないのであれば、ゲーム利用時間を1時間に留めても、学習への影響は出ないようにも思える。つまり、ゲーム時間を抑えても、学習への良い影響も悪い影響も想定できないのではないか、という疑問がある。

とはいえ、テレビやゲームに時間を費やすと、他のことをする時間も減って、教育上よくないかもしれない。逆に、ゲームは子どもの間のコミュニケーションには不可欠なものになっているという研究もある(Granic et al. 2014)。

www.ncbi.nlm.nih.gov

保護者の言うことを子どもは聞かないという声も多く、多くの保護者が困っているのが実態である。下記はスマホの例だが、2020年3月18日の朝日新聞の声の欄の投書である(参照)。

親子間のスマホをめぐるバトルはずっと続いています。購入時に決めた約束ごとは全く意味がなくなってしまいました。「長時間スマホを見ている」と注意すれば、スマホを使って勉強している時もあり、何も言えなくなることも。しかし実際は、その何倍もの時間をゲームやネットに費やしているのです。子供が自分でコントロールすることは難しいのです。だから私は何度も注意するし、そのたびにお互い不快になります。
条例案には疑問に思う点もありますが、「香川県議会、いいね」と思う気持ちもあります。ただ条例が制定されたとしても、それを根拠に子供のスマホ使用を制限できるかはわかりません。中学生の娘に条例のことを話すと「そんなの誰が守るの?」と歯牙(しが)にもかけない様子。まだまだバトルは続きそうです。

最適解があればよいのだろうが、おそらく存在しない。保護者が子ども同士の付き合いを聞いて、適切だと思うゲーム時間や利用の形を各家庭で決める、という特に目新しいものではないが、最も間違いが起きにくい方法のように思える。

親子の紛争というと、ひきこもり問題でより先鋭的に現れる。スマホやゲームの利用のルール作りには斎藤環さんが力を入れているオープン・ダイアローグを転用してもよいのかもしれない。「批判より納得」と斎藤さんは説く。保護者は子どもとのルール作りをしているつもりでも、それが「批判」や「非難」になっていて、両者にとって「納得」をもたらしていない可能性が高いように思う。

香川県のように条例で決めることは間違っているとして、実際に困っている保護者はどうすればいいのか、という解法はそのあたりにあるように思う。