井出草平の研究ノート

ひきこもりの診断基準の提案

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/wps.20705

加藤隆弘先生、神庭重信先生、Alan Teo先生たちによる「ひきこもり」の診断基準の提案。本文は下部に訳出した。

この提案で気になるのは以下の部分。

Individuals who leave their home frequently (4 or more days/week), by definition, do not meet criteria for hikikomori.
頻繁に家を空ける人(4日以上/週)は、定義上、ひきこもりの基準を満たさない。

社会的な人とのつながりの断絶が問題に加えて、物理的な閉じこもりも基準に加えたところが入っており、かつ、外出頻度が重症度として使うというところが独特である。

ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)』でも書いたが家族からプレッシャーや冷遇・絶えない口論で家に居づらいと感じている者は多く、その苦痛に耐えかねて毎日のように外出するケースはそれほど珍しくない。この定義だと、このようなケースはひきこもりから除外される。

家族からプレッシャーに耐えて自室にいるか、家族からプレッシャーに耐えかねて外出するか、というケースはそれほど違ったものなのだろうか。家族からプレッシャーに耐えられればひきこもりになり、耐えかねて外出したら、ひきこもりではなくなるのだ。このロジックが説得的だとは到底思えない。

さらに家族がお金だけ渡して、コンビニにごはんを買いに行くケースでは毎日外出しているということも、考慮すべきであろう。毎日外出をするとひきこもりにならない、ということは、家族がごはんをつくらず、お金だけ渡して「食べるものはコンビニで自分で買ってきなさい」と言えばよい。もしかすると「コンビニにごはんを買いに行かせるようにする」だけで日本からひきこもりがいなくなってしまうかもしれない。

このような妙なことが生じるかといえば、外出基準が含まれているからである。

2010年の厚労省基準では、社会的関係の断絶だけを評価している。しかし、この論文で提唱されている定義では外出基準を加えている。「簡略化した」と論文には書かれてあるが、実際には、要素が一つ加わっていて、簡略化はされていない上、上記のような問題も生じる。

たまにしか外出しない人(2~3日/週)、ほとんど外出しない人(1日/週以下)、ほとんど部屋から出ない人は、それぞれ軽度、中度、重度と判定されることがある。
Individuals who occasionally leave their home (2-3 days/week), rarely leave their home (1 day/week or less), or rarely leave a single room may be characterized as mild, moderate or severe, respectively.

物理的な閉じこもりの度合いで重症度が変わる点にも疑問がある。自室から出ないケースは重症度が高いと捉えるという点については、ほとんどの臨床家は賛同するだろうし、個人的にも違和感はない。しかし、併存する精神障害が重症だけなのではないか、という疑問が残る。個人的に知る限りは併存症が重度だったケースばかりなので、ひきこもりの重症度が高いという主張には賛同できない。

また、週1日の外出をする人と週2-3日の外出をする人に重症度の点で差がある、と論文で書かれているが、この点も疑問だ。外出頻度が高い方が社会参加が容易である(=治りやすい)といったデータがあるのであれば根拠づけられるが、そういったデータはみたことがないし、おそらく差はでないだろう。

重症度評価ができないと診断基準に仕立てられないという事情はあったとしても、外出頻度を重症度にするのはかなり強引であり、かつ、実態を反映していないと言わざるを得ないだろう。


病的ひきこもりの定義:ひきこもりの診断基準の提案

1990年代後半、青年期や成人期にある若者に見られる深刻で長期にわたる引きこもり現象が、日本人の意識の中に定着した。「ひきこもり」と呼ばれるこの問題は、近年、日本人の典型的な問題から、世界的な健康問題にまで発展しつつある[1]。この変化は、疫学的研究、臨床的ケースシリーズ、世界各国のメディア報道において、ひきこもりのエビデンスが増加していることに起因している[2]。

文化や国を越えて「ひきこもり」への関心が高まるにつれ、本疾患の明確で一貫した定義を確立することの重要性も増している。約10年前に、予備的な診断基準[3]および半構造化診断面接[4]が開発された。この10年間で、私たちやこの新しい研究分野の研究者たちは、日本や世界の多くのひきこもり患者やその家族の評価、治療、フォローアップにおいて、より幅広い経験を積んできた。その結果、この疾患に対する生物心理社会的な理解が深まり[4],[5]、以前の定義の限界を痛感するようになった。私たちは、今こそ、ひきこもりの診断基準の最新の案を提供する時であると考え、ここに発表する。

ひきこもりは、自宅での物理的な隔離を本質とする病的な引きこもり、社会的孤立の一形態である。a) 自宅での著しい社会的孤立 b) 継続的な社会的孤立の期間が6ヶ月以上 c) 社会的孤立に伴う著しい機能障害または苦痛を伴う。

たまにしか外出しない人(2~3日/週)、ほとんど外出しない人(1日/週以下)、ほとんど部屋から出ない人は、それぞれ軽度、中度、重度と判定されることがある。頻繁に家を空ける人Individuals who leave their home frequently(4日以上/週)は、定義上、ひきこもりの基準を満たさない。ひきこもりの継続期間を推定し、記録しておく。社会的孤立の期間が少なくとも3ヶ月(ただし6ヶ月を除く)ある人は、ひきこもり予備軍と分類されるべきである。発症年齢は、通常、青年期または成人期初期である。しかし、30代以降の発症もまれではなく、上記の基準を満たす主婦や高齢者も診断を受けることができる。

この改訂された「ひきこもり」の定義では、4つの点が強調されている。第一に、家に閉じこもるという行動、つまり引きこもりや社会的孤立という物理的な側面は、依然としてひきこもりの中心的な特徴であり、定義でもある。しかし、外出の頻度がどの程度なら「自宅での著しい社会的孤立」に該当するのか、定義が明確化された。第2に、社会的な状況や人間関係を避けるという要件が削除された。私たちは、ひきこもり[5]と診断された人たちと面談しているが、彼らは、有意義な社会的関係がほとんどなく、社会的交流もほとんどないことを報告するが、社会的交流を避けることは否定している。多くの臨床家は、ひきこもりと社会不安障害との違いを不思議に思うことがあるが、この回避の欠如が主な違いの一つである。

第3に、苦痛や機能障害を慎重に評価する必要がある。ひきこもりが病的な状態であるためには、個人の機能障害が不可欠であるが、主観的な苦痛は存在しないかもしれない。私たちが行ったひきこもり患者への詳細な臨床面接[4]では、特に症状の初期には、多くの人が社会的ひきこもりに満足感を感じていることが明らかになった。特に初期には、家の外でのつらい現実から逃れられたという安堵感があるようだ。しかし、ひきこもりの期間が長くなると、多くのひきこもり患者は孤独感などの苦痛を訴えるようになる[4]。

第4に、他の精神疾患をひきこもりの除外基準から外したことである。この疾患は、他の疾患と併存する傾向があることが明らかになっている[6],[7]。このように、ひきこもりは他の疾患との併存が多いため、健康問題としての重要性が増していると考えられる。カタトニアやパニック障害精神疾患診断の特定疾患に挙げられるように、ひきこもりは様々な精神疾患と併存し、精神病理の一因になっている可能性がある。

デジタル技術やコミュニケーション技術の進歩により、対面での社会的交流に代わるものとして、ひきこもりはますます重要な問題となる可能性がある。このような簡略化された診断基準により、評価の標準化とひきこもりに関する異文化比較が促進されることを期待する。

1 Kato TA, Kanba S, Teo AR. World Psychiatry 2018;17:105-6.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29352535/
2 Wu AFW, Ooi J, Wong PWC et al. Lancet Psychiatry 2019;6:195-6.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30798886/
3 Teo AR, Gaw AC. J Nerv Ment Dis 2010;198:444-9.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20531124/
4 Teo AR, Fetters MD, Stufflebam K et al. Int J Soc Psychiatry 2015;61:64-72.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24869848/
5 Hayakawa K, Kato TA, Watabe M et al. Sci Rep 2018;8:2884.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29440704/
6 Teo AR, Stufflebam K, Saha S et al. Psychiatry Res 2015;228:182-3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25977071/
7 Malagon-Amor A, Martin-Lopez LM, Corcoles D et al. Psychiatry Res 2018;270:1039-46.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29615267/