本研究は、ブラジルのペロタスにおける2004年出生コホートのデータを用い、15歳の青少年におけるスクリーンタイム(テレビ、PC、スマートフォン等の合計利用時間)と睡眠の質・量との関連を調査したものである。約2,000名の青少年を対象に分析した結果、スクリーンタイムの全般的な長時間化が顕著であった。 分析の結果、スクリーン使用時間と睡眠時間には明確な負の相関が認められた。1日2時間未満の群と比較して、6〜8.8時間の群では睡眠時間が約23分、9時間以上の群では約32分短縮していた。また、9時間以上の長時間利用者では、睡眠の質が悪化するリスクが60%高まることが示された。本研究は、青少年の脳の恒常性維持に不可欠な睡眠を守るために、娯楽目的のスクリーン使用を制限することの重要性を強調している。特に中低所得国における実態を明らかにした点で、公衆衛生上の意義が大きい。
注記
本研究(Pelotasコホート)は、スクリーンタイムと睡眠の負の相関を明確に示し、公衆衛生上の警鐘を鳴らしている 。しかし、解釈の中立性を期すならば、Przybylski(2019)が指摘した「効果量」の視点も不可欠である 。同研究によれば、統計的に有意な差があっても、スクリーンタイムが睡眠の変動に寄与する割合は2%未満に過ぎない 。また、相関の大部分は家庭の経済状況や精神的健康状態といった背景要因で説明可能であり、デバイスそのものの影響は限定的とされる 。単なる時間制限に終始せず、生活環境全般の文脈から睡眠の質を捉え直す多角的な視点が、実効性のある議論には求められる 。
1. はじめに
睡眠は脳の恒常性維持プロセスにおいて不可欠な役割を果たす。特に小児期や思春期における睡眠不足や質の低下は、脳機能の発達に悪影響を及ぼすことが知られている。これまでの研究により、不適切な睡眠は抑うつ、不安、学業成績の低下、物質乱用(アルコールや薬物)、リスクの高い性的行動、対人関係の悪化など、多岐にわたる問題と関連していることが指摘されている。
ナショナル・スリープ・ファンデーション(全米睡眠財団)は、14歳から17歳の青少年に対し、1日あたり8〜10時間の睡眠を推奨している。しかし、思春期は生物学的な変化の時期でもあり、レム睡眠の潜伏期間の短縮や徐波睡眠の減少といった生理的変化に加え、メラトニン分泌の遅延による就寝時間の後退が起こりやすい。こうした生物学的要因に、学校の始業時間や夜間のルーチンの欠如といった環境的要因が重なることで、青少年の睡眠は脆弱な状態に置かれている。
近年、スマートフォンやタブレット、コンピュータ、スマートTVなどのデジタルデバイスの普及により、スクリーン使用が睡眠に与える影響が注目されている。多くの研究がスクリーンタイムの増加と睡眠時間の短縮の関連を報告しているが、睡眠の「質」への影響については依然として議論の余地があり、より強固な研究デザインによる検証が求められていた。また、既存の研究の多くは高所得国に偏っており、ブラジルのような中低所得国における実態把握は不十分であった。本研究は、ブラジル南部のペロタスにおける出生コホート調査を通じて、15歳の青少年におけるスクリーンタイムと睡眠の関連を明らかにすることを目的としている。
2. 研究方法
本研究は、「2004年ペロタス出生コホート(2004 Pelotas Birth Cohort)」の15歳時点の追跡調査データを使用している。このコホートは、2004年にペロタス市内の病院で出生した4,231名の子どもたちを対象としており、これまで複数の年齢時点で追跡が行われてきた。
15歳時点の調査は2019年11月から開始されたが、2020年3月に新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックにより中断された。中断までに2,029名の青少年が対面でのインタビューと調査を完了しており、本解析にはこれらのデータが用いられた。
主要な変数と測定法:
- 睡眠時間: ミュンヘン・クロノタイプ質問票(MCTQ)に基づき、「就寝準備ができる時間」「入眠にかかる時間」「起床時間」を平日と週末に分けて聴取した。これをもとに、週全体の加重平均睡眠時間を算出した。
- 睡眠の質: 過去1ヶ月間の睡眠の質を「非常に良い」「良い」「悪い」「非常に悪い」の4段階で自己報告させた。解析時には、これを「良好(非常に良い・良い)」と「不良(悪い・非常に悪い)」の二値に分類した。
- スクリーンタイム: テレビ、コンピュータ、タブレット、スマートフォン、ビデオゲーム機など、娯楽目的で使用されるあらゆるデバイスの合計利用時間を算出した。平日の利用時間と週末の利用時間の加重平均を求め、「2時間未満」「2〜5.8時間」「6〜8.8時間」「9時間以上」の4つのカテゴリーに分類した。
- 共変量: 家族の経済状況(資産指数)、母親の教育歴、青少年の性別、肌の色、精神的健康状態(SDQスコア)、身体活動、喫煙、飲酒、コーヒー摂取、同室・同ベッドでの就寝状況、母親の抑うつ状態などの要因を調整変数として考慮した。
3. 研究結果
解析対象となったのは、睡眠の質のデータを持つ1,949名、および睡眠時間のデータを持つ1,851名である。
サンプルの特徴: 対象者の男女比はほぼ半々であり、約60%が白人と回答した。家庭の経済状況は多様であり、母親の教育歴は9年以上の者が過半数を占めた。特筆すべき点として、青少年の17.3%が「睡眠の質が悪い」と報告しており、また27.2%がSDQ(強さと困難さアンケート)において心理的症状の閾値を超えていた。
スクリーンタイムの実態: 15歳の青少年のスクリーンタイムの中央値は、1日あたり4.5時間であった。これは推奨される制限時間を大幅に上回る数値である。デバイス別では、スマートフォンの使用が支配的であり、特にSNSや動画視聴に多くの時間が割かれていることが示唆された。
睡眠時間への影響: 加重平均睡眠時間の平均値は7.6時間であった。これは推奨される8〜10時間に満たない。 スクリーンタイムとの関連では、用量反応関係が認められた。2時間未満の群を基準とした場合、以下の結果が得られた。
- 2〜5.8時間群:睡眠時間に有意な短縮は見られなかった。
- 6〜8.8時間群:睡眠時間がマイナス23.4分有意に短縮した。
- 9時間以上群:睡眠時間がマイナス32.4分有意に短縮した。 これらは交絡因子を調整した後も統計的に有意であった。
睡眠の質への影響: 睡眠の質の悪化(Bad sleep quality)の有病率についても、スクリーンタイムとの関連が確認された。
- 9時間以上のスクリーンタイムを持つ青少年は、2時間未満の群と比較して、睡眠の質が悪いと報告する割合が約1.6倍(60%増)であった。
- 6〜8.8時間群でも悪化の傾向が見られたが、統計的な有意差は9時間以上の群で最も顕著であった。
4. 考察
本研究の結果、娯楽目的のスクリーン使用時間が長いほど、睡眠時間が短縮し、睡眠の質が低下するという明確な関連が示された。特に1日6時間以上の使用から睡眠時間の有意な減少が始まり、9時間以上の過度な使用は睡眠の質を著しく損なうことが明らかになった。
この関連の背景には、いくつかのメカニズムが考えられる。 第一に「時間の置換(Time Displacement)」である。スクリーン使用に時間を費やすことで、物理的に睡眠に割り当てられる時間が削られる。 第二に「心理的・生理的覚醒」である。SNSでのやり取りや暴力的なビデオゲームなどの刺激的なコンテンツは、脳を覚醒状態にし、入眠を困難にする。 第三に「ブルーライトの影響」である。デバイスから放出される短波長の光は、松果体からのメラトニン分泌を抑制し、サーカディアンリズム(体内時計)を狂わせる。特に就寝直前のスクリーン使用はこの影響が強い。
本研究の強みは、大規模な出生コホートのデータを使用しており、多様な社会経済的背景を持つサンプルを対象にしている点にある。また、これまでテレビ視聴時間に焦点が当たりがちだった先行研究に対し、スマートフォンやPCを含む総合的なスクリーンタイムを評価した点も意義深い。一方で、限界としては、睡眠データおよびスクリーンタイムが自己報告に基づいているため、想起バイアスの可能性があること、また、パンデミックによる調査中断のため当初の予定よりサンプルサイズが縮小したことが挙げられる。しかし、中断前のデータだけでも十分な統計的検出力を保持しており、結果の信頼性は高いと言える。
5. 結論と提言
15歳の青少年において、1日6時間以上のスクリーン使用は睡眠時間の短縮と関連し、9時間以上の使用は睡眠の質の低下を招く。ブラジルの青少年においてスクリーンタイムの過剰利用は極めて一般的であり、これは深刻な公衆衛生上の課題である。
本研究の結果は、保護者、教育者、および政策立案者に対し、青少年のスクリーン使用に関するガイドラインの策定や教育の必要性を強く示唆している。睡眠は青少年の精神健康や発達の基盤であるため、夜間のデバイス使用制限や、代替となる身体活動の推奨など、多角的な介入が求められる。デジタル技術が生活に不可欠となった現代において、技術の利便性を享受しつつ、いかにして次世代の睡眠と健康を守るかが、今後の重要な議論の焦点となるだろう。
6. 有意な共変量
論文内で、スクリーンタイムと睡眠の関連を分析する際、統計的に有意な共変量(独立して睡眠に影響を与えていた要因)として調整・報告されている主な項目は以下の通りだ。
これらは、スクリーンタイムの影響を純粋に測定するために、あらかじめ計算から除外または調整された重要な変数である。
6-1. 睡眠時間(量)に対して有意であった共変量
- 青少年の性別: 男子よりも女子の方が、睡眠時間が短い傾向にあった。
- 精神的健康状態(SDQスコア): 心理的症状(不安、抑うつ、行動障害など)のスコアが高い(17点以上)青少年は、そうでない群に比べて有意に睡眠時間が短かった。
- 母乳育児の期間(初期要因): 興味深いことに、乳児期の母乳育児期間も調整変数として含まれている。
- 現在の就学・就労状況: 学校に通っているか、あるいは働いているかといった社会的スケジュールが睡眠時間に影響を与えていた。
| 変数項目 | 特徴・カテゴリー | 睡眠時間の変化量 (β) |
|---|---|---|
| スクリーンタイム | 9時間以上 | -32.4 分 |
| スクリーンタイム | 6〜8.8時間 | -23.4 分 |
| 性別 | 女性(男性比) | -15.0 分 |
| 精神的健康 (SDQ) | 異常あり(17点以上) | -14.4 分 |
| 身体活動 | 週150分以上 | +1.2 分(有意差なし) |
6-2. 睡眠の質に対して有意であった共変量
- 精神的健康状態(SDQスコア): 睡眠時間と同様、心理的困難を抱えている青少年は、睡眠の質が悪いと報告する割合が顕著に高かった。
- 世帯の資産状況(Asset Index): 経済的に不安定な家庭の青少年ほど、睡眠の質が悪化しやすい傾向が認められた。
- 母親の教育歴: 母親の学校教育期間が短いことは、子どもの睡眠の質の低下と相関があった。
- 母親の抑うつ状態: 母親が抑うつ症状(EPDSスコア8以上)を呈している場合、その子どもの睡眠の質も悪化するリスクが高かった。
- コーヒー・チマロン(マテ茶)の摂取: カフェインを含む飲料の摂取習慣も、睡眠の質を左右する有意な因子として特定された。
| 変数項目 | カテゴリー | リスクの倍率 (PR) |
|---|---|---|
| 精神的健康 (SDQ) | 異常あり(17点以上) | 2.62倍 |
| スクリーンタイム | 9時間以上 | 1.60倍 |
| 母親の抑うつ | あり(EPDS 8点以上) | 1.40倍 |
| 経済状況 | 最も貧困な層 | 1.34倍 |
| カフェイン摂取 | 週1回以上 | 1.18倍 |