井出草平の研究ノート

拡散の闇:ソーシャルメディアが隠れた誤解を増幅させる仕組み

tmb.apaopen.org

  • Schober, M. F., & Dolgin, R. S. (2025). Lost in virality: How social media can amplify hidden misinterpretations. Technology, Mind, and Behavior. https://doi.org/10.1037/tmb0000174

本稿は、ソーシャルメディア上の投稿が、書き手も読み手も気づかないまま誤解される「検知されない誤解(undetected misinterpretation)」の蔓延と、そのメカニズムを理論的に考察したものである。著者らは、対面会話等の他の通信手段と比較し、ソーシャルメディアには誤解を即座に修復するフィードバック機能が構造的に欠如していると指摘する。ClarkとBrennanの「グラウンディング(共通基盤の形成)」理論を拡張し、不可視性や非同時性、文脈の崩壊といったメディア特性が、いかに書き手の意図と読み手の解釈の乖離を生むかを分析する。さらに、読み手ごとに異なるタイムライン、浅い読み方、修復機会の欠如がこの乖離を助長する。こうした不可視の誤解は、拡散の速さと相まって集団的な理解を歪め、分極化や偽情報の拡散を深刻化させる要因であると結論づけている 。

イントロダクション ソーシャルメディア上の投稿は、書き手も読み手も気づかない方法で誤解されることがあり、その影響は速度と拡散力によって増幅される 。例えば、ニューヨーク市保健精神衛生局がCOVID-19変異株について投稿した際、ワクチン接種者が感染しやすいという意味ではなく、変異株が免疫回避能力を持つことを意図していたにもかかわらず、多くの読者がワクチン批判として解釈し、それが拡散された事例がある 。また、ロー対ウェイド判決に関するツイートでは、書き手が中絶の権利を支持する意図で投稿したにもかかわらず、一部の読者は正反対の「中絶反対」の意見として解釈したことが明らかになっている 。本稿では、こうした「検知されない誤解」がソーシャルメディア特有の構造的要因によって頻発することを論じ、その理論的枠組みを提示する 。

ソーシャルメディアにおける書き手の意図の誤解に関する近年の証拠 ソーシャルメディアの投稿に対する解釈が一様ではないことは、アノテーション(タグ付け)研究における評価者間の不一致からも明らかである 。ヘイトスピーチや皮肉、感情的トーンの判定において評価者間の意見はしばしば割れ、これは投稿の意味が読み手によって異なることを示唆している 。さらに、書き手の意図と読み手の解釈を直接比較した研究では、書き手が明確に意図を持って投稿した場合でも、読み手がその意図を正確に汲み取れないケースが多発していることが示されている 。Dolginら(2025)の研究によれば、書き手が自身の意図が100%伝わると確信している場合であっても、実際には25%以上の読者が正反対のスタンス(賛成を反対、あるいはその逆)として解釈する事例が確認された 。年齢や政治的イデオロギーの違いがこの誤読に影響を与えるが、最も重要な点は、誤解が発生してもそれが表面化しないことにある 。

隠れた誤解に関する視点 著者らは、言語使用を協調的な行為と捉えるClarkらの視点に基づき、発話は双方が理解の証拠を提示し合うことで初めて共通基盤(common ground)に入ると考える 。しかし、ソーシャルメディアのような「一対多」のコミュニケーションでは、書き手が個々の読み手の理解を確認することは極めて困難である 。各読み手は独自の文脈と前提知識を持って投稿に接するため、解釈の多様性は不可避となる 。さらに、誤解を修復するためのフィードバック機会が限定的であることが、問題を深刻化させる 。

隠れた誤解は実は至る所に存在する 検知されない誤解はソーシャルメディアに限った現象ではなく、対面会話や電話調査、テキスト読解においても頻繁に発生している 。例えば、標準化された調査インタビューにおいてさえ、回答者は「あなた」や「平日」といった基本的な用語の定義を、質問者の意図とは異なって解釈していることが多い 。日常会話における皮肉の理解や、文章中の矛盾の検知においても同様の失敗が観察される 。したがって、ソーシャルメディアにおいて誤解が生じないはずはなく、むしろ他のメディアで起こり得る誤解はすべて、ソーシャルメディア上でも起こり得ると考えるべきである 。

ソーシャルメディアにおける理解の文脈 ClarkとBrennan(1991)は、メディアごとにコミュニケーションの「グラウンディング(理解の定着)」にかかるコストと制約が異なると論じた 。対面会話では「共在性(Copresence)」や「可視性(Visibility)」があり、聞き手の困惑した表情を見て話し手が即座に言い換えることが可能である 。しかし、テキストベースのソーシャルメディアでは、これらの即時的なフィードバックの手がかりの多くが欠如している 。投稿は「再閲覧可能性(Reviewability)」を持つ一方で、書き手と読み手の間の相互作用のタイミングや順序性は保証されない 。一対多の状況下では、各読み手が書き手と共有していると想定する共通基盤が異なるため、誤解のリスクは対面の一対一会話よりも飛躍的に増大する 。

ソーシャルメディアに固有の追加的特徴 ClarkとBrennanの枠組みに加え、ソーシャルメディアには特有の機能が存在し、これらが解釈に影響を与える。「第三者による観察可能性(Third-party observability)」は、投稿が本来の文脈から切り離されて多様な聴衆に晒される「コンテキスト・コラプス」を引き起こす 。また、実名か匿名かという「識別可能性(Identifiability)」は、読み手が書き手の人物像をどう構築するかに影響する 。さらに、ボタン一つで情報を再配布できる「転送可能性(Forwardability)」は、文脈を欠いたままメッセージが流通することを容易にする 。「公的な評価可能性(Public evaluability)」や「エンゲージメントの可視性(Engagement visibility)」も重要であり、「いいね」やリツイートの数は、その投稿の信頼性や規範的妥当性に関する読み手の判断をバイアスする可能性がある 。

ソーシャルメディアでさらに多くの検知されない誤解が生じると予想される理由 以上の観察に基づき、ソーシャルメディアで特に誤解が生じやすい理由として以下の7点が挙げられる。

読み手ごとに異なる先行する談話文脈 X(旧Twitter)のようなプラットフォームでは、読み手は自分がフォローしているアカウントに基づいた独自のタイムラインを見ている 。そのため、ある特定の投稿の直前にどのような情報に接していたかは読み手ごとに異なり、解釈の枠組みとなる文脈が個別に断片化されている 。

反応するか、ただ読むだけかという可能性を伴う読解 ソーシャルメディアには常に「反応する」という選択肢が存在する 。実際に投稿しなくても、反応する可能性を考慮しながら読む「相互作用的な読解」は、受動的な読解とは異なる認知的負荷を伴う 。返信やシェアをした際に他者がどう思うかを予測しながら読むことは、理解のプロセスを複雑化させる 。

想定読者ではない読み手による投稿との遭遇 情報の拡散性により、読み手は自分に向けて書かれていないメッセージに頻繁に遭遇する 。仲間内でのみ通じる専門用語や文脈依存的な表現が含まれる投稿が、外部の読み手に届くことで、意図しない解釈が生じやすくなる 。さらに、転送された投稿を解釈する際は、元の書き手だけでなく転送者の意図も考慮する必要があり、処理が複雑になる 。

浅い読解目標と戦略 大量の投稿が流れる無限スクロールの形式は、熟読ではなく、要点の拾い読みや「これは面白いか?」といった浅い判断を促す傾向がある 。このような浅い処理は、深い理解や正確な解釈を妨げ、誤解の余地を広げる 。

注意力と気晴らし 通知機能や自動再生動画など、絶えず注意を喚起するプラットフォームの設計は、読み手の認知資源を奪う 。特に複数のメディアを同時に利用するマルチタスキング状態では、注意散漫になりやすく、正確な理解が阻害される 。

ソーシャルメディア特有の言語使用 文字数制限や入力の手間を省くため、省略語、絵文字、不規則な文法などが多用される 。こうした「パラ言語的」な表現や略語に不慣れな読み手にとって、投稿は極めて曖昧で解釈困難なものとなり得る 。

限定的かつ特殊な修復の機会 誤解が生じたとしても、それを修正するための修復(リペア)メカニズムが機能しにくい 。非同期的なやり取りの中で修復の連鎖は断絶しやすく、書き手が読み手の誤解に気づく機会も少ない 。また、公の場で理解不足を露呈することへの懸念から、読み手が明確化を求めることを躊躇する場合もある 。

含意 ソーシャルメディアにおける検知されない誤解の蔓延は、社会的な分断やエコーチェンバー現象を理解する上で重要な視点を提供する 。同じ意見を持つ集団内であっても、実際にはメンバー間での理解の不一致が存在している可能性がある 。誤解は、書き手への不当な敵意や、対話の拒絶といった否定的な結果を招くことが多いが、場合によっては創造的な誤読として生産的に機能する可能性もある 。しかし、最も懸念すべきは、誤解が誰にも気づかれないまま放置され、集団的な合意形成を阻害することである。この問題に対処するためには、まず書き手と読み手の双方が「自分の解釈や意図の伝達は完全ではないかもしれない」と自覚することが第一歩となる 。書き手は修正可能性を活用して投稿を推敲すべきであり、読み手は自身の解釈を絶対視せず、ユーザーによる訂正情報に注意を払うことが求められる 。今後は、どのような条件下で誤解が発生し、拡散するかについての実証的な研究がさらに必要である 。